実験記録

「世界を変える発見」を探していたら、
見つけたのは「AIが嘘をつく手口」だった。

teai/maxに、世界を変えるような大きな未解決問題を解かせようとした。材料科学・創薬の現状を調べ、最終的に「患者への影響が一番大きいテーマ」として難病7つ(ALS・パーキンソン病・特発性肺線維症・多系統萎縮症・ハンチントン病・NASH・膵臓がん)向けの既存薬リパーパシング候補をAIに提案させ、引用文献を一件ずつ検証した。結論から言うと、世界を変える発見はなかった。代わりに手に入ったのは、「効くと言い張るために、実在しない論文を作る」「AI自身が提案した改善策が、むしろ精度を悪化させる」という、地に足のついた実用的な知見だった。全部正直に公開する。

公開 2026-08-17
使用モデル teai/max(shitate/orchestrator-max)
検証 WebSearch + NCBI公式API(PubMed)による一件ずつの裏取り
実験コスト teai/max呼び出し約18回・概算$60程度(詳細は後述)
医療情報に関する重要な注記(必ずお読みください) この記事で扱う疾患は、いずれも患者・ご家族が今この瞬間も治療法を必死に探している病気です。それを前提に書いています。記事に登場する薬剤・研究は、あくまで既存の学術論文の紹介であり、いずれも「効果が確立された治療法」ではありません。実際に臨床応用されているのはごく一部で、多くは動物実験・小規模臨床試験の段階です。医師の指示なく自己判断でこれらの薬を試すことは絶対にしないでください。この記事の目的は治療の推奨ではなく、AIが生成する医学的仮説をどう検証すべきかという方法論の共有です。表内の「引用は正確」は文献の実在性を確認したという意味であり、薬の効果を保証するものではありません。

出発点: 何を解かせるかを決める

最初の問いは野心的だった、というより正直に言うと下世話だった。「解決すれば数千億円規模の経済価値がある未解決問題を、AIに解かせられないか」。teai/maxのような複数モデルオーケストレーターに常温超伝導・核融合・タンパク質構造予測などを検討させたが、現実は厳しかった。

実験室もない私たちにできるのは「新しい発見」ではなく「既存の研究の中から、まだ知られていない有望な組み合わせを発掘する」ことだと判断し、対象をドラッグリパーパシングに絞った。ここでもう一段、判断を変えた。市場規模の大きさで対象疾患を選ぶのではなく、治療の選択肢が最も少なく、患者への影響が最も大きい疾患から始めることにした。市場規模は数千億円に届かなくても構わない。

第1ラウンド: ALSで5候補を提案させる

ALS(筋萎縮性側索硬化症、進行を止める治療法がまだない)を対象に、teai/maxに既存承認薬からのリパーパシング候補を5つ、引用文献付きで提案させた。

候補引用文献の検証結果(効果の有無ではない)
ロピニロール(慶應大学、Nature Medicine 2018)引用は正確(ROPALS試験も実施済み。ただし主要評価項目は未達成 — 詳細は後述)
ボスチニブ(京都大学CiRA、Science Translational Medicine 2017)引用は正確(臨床第1相=安全性確認の段階。有効性はまだ未確認)
ファスジル引用に誤り — 掲載誌が誤り(「PLoS One」→正しくは British Journal of Pharmacology)
ピモジド(JCI Insight 2017)引用は正確(ただし別グループの追試では効果が確認できなかったという報告もある)
トラゾドン引用に誤り — 筆頭著者が誤り(「Radford」→正しくは Halliday、Radfordは共著者)

「引用は正確」は文献の実在性・内容一致を確認したという意味であり、その薬剤の有効性が証明されたことを意味しません。

5件中2件は実在する論文の引用メタデータ(雑誌名・筆頭著者)を間違えていた。内容自体は概ね正確という、後の実験でも繰り返し現れるパターンの最初の兆候だった。

寄り道: 分子ドッキングで計算科学的に検証しようとして、答え合わせに失敗した

テキストの仮説だけでなく計算科学的な裏付けを追加しようと、AutoDock Vinaで分子ドッキングシミュレーションを組んだ。ALSの標的タンパク質(SOD1)への結合親和性を、既存の承認済みALS治療薬(リルゾール・エダラボン)と比較する設計にしたが、そもそも設計に欠陥があった。

失敗の正体 リルゾール・エダラボンは、そもそもSOD1に直接結合することで効く薬ではない(グルタミン酸放出抑制・抗酸化作用)。「答え」がわかっている標的(ボスチニブ→Ablキナーゼ、ファスジル→ROCK1、いずれも実際の共結晶構造が存在)でクロスドッキングによる答え合わせを行ったところ、どちらの標的でも、本来最強のはずの薬剤が1位にならなかった(いずれもピモジドが最強スコアになった)。素人が数時間で組んだドッキングパイプラインは、既知の正解すら再現できなかった。

これは「AIの限界」に加えて「素人が組んだ計算科学的検証も、簡単には信頼性を持たせられない」という、二重の誠実な失敗だった。

第2ラウンド: 7疾患に拡大し、マルチエージェントで検証する

1疾患だけでは判断材料が足りないため、ALS以外にパーキンソン病・特発性肺線維症(IPF)・多系統萎縮症(MSA)・ハンチントン病・NASH・膵臓がんを加えた7疾患について、疾患ごとに(1)teai/maxで候補生成→(2)別のエージェントがWebSearchで引用検証、という2段階パイプラインをマルチエージェントで並列実行した。

検証結果件数割合
正確2976%
誤り513%
検証不能38%
該当なし13%
最も危険な誤り ALS向けにメトホルミン(2型糖尿病薬)を提案した際、teai/maxは「Kanekura et al., 2016, Autophagy」という実在しない論文を引用し「運動機能改善・生存期間延長」と主張した。しかし実在する先行研究(Kaneb et al., 2011, PLoS ONE)は、メトホルミンがSOD1-ALSマウスモデルで有益効果なし、雌マウスではむしろ症状を悪化させたと報告している。効果の方向を丸ごと逆転させる、単なる引用ミスでは済まない誤りだった。

興味深いことに、メトホルミンは他の4疾患(IPF・ハンチントン病・膵臓がん×2件)では正確な引用ができていた。「よく研究される万能薬候補」と「データが薄いマイナー疾患」が重なったときにだけ、この種の捏造が起きるという仮説が浮かんだ(ただし5件中1件という小さいサンプルからの仮説であり、断定はできない)。

teai/maxに自己分析させ、改善策を試したら、悪化した

この仮説と現象について、teai/max自身に見解と対策を求めた。返ってきた提案の一つが「引用は著者名やタイトルではなく、PMID(PubMedの論文ID番号)を数字だけで先に出力させる。存在しなければ正直にそう言わせる」というものだった。実際に試すと、単発の質問(メトホルミン×ALS)では劇的に改善した——「効果があるというエビデンスはない、むしろ有害という報告がある」と正確に答えるようになった。

そこで7疾患×5候補すべてをこの方式で再生成し、出てきたPMID番号23件をNCBIの公式API(PubMed)で一括照会した。結果は、全て実在する番号だった。しかし内容を見て愕然とした。

方式正確な引用
方式1: 著者名・雑誌名・年を書かせる76%(29/38)
方式2: PMID番号だけを書かせる(teai/max自身の提案)22%(5/23)
何が起きたか PMID番号23件は全てNCBIでヒットしたが、中身を見ると18件(78%)は薬剤・疾患と完全に無関係な論文だった。ALS×ボスチニブの根拠として提示された番号は「気候変動と衛星植生観測」(Science誌)、ハンチントン病×シロリムスの根拠は「視覚野の知覚学習」(Nature Neuroscience)を指していた。LLMは実際にPubMedを検索しているわけではなく、「それらしい8桁の数字」を生成しているだけだった。番号だけの引用は、著者名や雑誌名の誤りより人間には気づきにくく、しかも「NCBIでヒットした」という事実だけで誤って安心してしまう、より危険な失敗パターンだった。

AIに「なぜ間違えるのか」を分析させ、その対策を同じAIに実行させたら、むしろ悪化した。この皮肉な結果こそが、この一連の実験で最も価値のある発見だったと思う。

最終的に一番信頼できた方法

方式1(著者名・雑誌名を書かせる)の結果に対して、検証エージェントが見つけた正しい情報で誤りを修正・除外し、最終的な高信頼度リストを作った。

判定(引用文献の検証結果。効果の証明ではない)件数内容
引用の実在・内容一致を確認25引用・内容ともに正確(薬剤の有効性は別途未検証)
引用を修正して再確認3引用のメタデータ誤りを正しい論文に置き換え
除外1ALS×メトホルミン。実際は有害という真逆の結論のため
要再検証・検証不能4結論保留

34件中28件(82%)で、引用文献が実在し内容も一致していることを確認できた。これは「効果が証明された」ということではなく、「AIが挙げた根拠が実在の文献に基づいている」ことの確認に過ぎない。「AIに仮説を出させ、著者名・雑誌名込みで引用させ、別のAI+人間がWebSearchで一件ずつ照合する」という地道な二段階検証が、今回試した中で最も信頼できる方法だった。

意外な発見

実験コストと再現方法

この一連の実験でteai/maxを呼び出したのは約18回(ALS単発質問1回・7疾患の生成7回・メタ分析2回・PMID方式での再生成7回・動作確認1回)。実際にクレジット消費量を計測したところ、1回あたり平均約3,177クレジット(約530円・約$3.5)だった。総額は概算で約9,500円(約$60)。「数千億円」を探しに行って、実際に使ったのは1万円未満だった。

実際に使ったプロンプトとNCBI検証コードを見る(再現用)
候補生成プロンプト(疾患名・病態の説明は都度差し替え): 「あなたは創薬研究者です。{疾患名}は既存治療の効果が限定的、または進行を 止める治療法がまだありません。既に他の疾患向けに承認されている薬(ドラッグ リパーパシング候補)の中から、{疾患名}の病態({病態の説明})に作用しうる 可能性がある薬剤を5つ提案してください。各候補について: (1)薬剤の一般名と元の適応、(2)効きうる作用機序の仮説、 (3)その仮説を裏付ける既存研究があれば具体的に引用(著者・年・雑誌名)、 (4)なければ既存研究なし・理論的仮説のみと明記してください。 存在しない論文をでっち上げないこと。分からなければ分からないと書いてください。」 PMID実在確認(NCBI公式API、無料・登録不要): curl "https://eutils.ncbi.nlm.nih.gov/entrez/eutils/esummary.fcgi\ ?db=pubmed&id=37258385,28546316,...&retmode=json" # 戻り値のtitleが、AIが説明した内容と一致するか目で確認する。 # 番号が「ヒットする」ことと「内容が合っている」ことは別物。

実験に使ったスクリプト(分子ドッキングの設定ファイル・チェックポイントJSON等)は現時点では社内リポジトリのみに置いており、公開はしていない。再現に必要なプロンプトとAPI呼び出し方法は上記で全て公開している。

この記事の限界

今回検証できたのは引用文献の実在性と内容の一致のみで、薬剤の実際の効果を保証するものではない。「引用の実在・内容一致を確認」した候補も、多くは動物実験や小規模臨床試験の段階にとどまる。7疾患×5候補という小さいサンプルであり、統計的な一般化はできない。この実験で使ったモデル・プロンプトも、今後の改善余地がある。今回見えたパターン(万能薬×マイナー疾患で捏造しやすい、数字だけの引用は危険)はteai/max固有の欠陥ではなく、LLM全般に共通する構造的な限界だと考えている。

teai.ioで試すには

curl https://api.teai.io/v1/chat/completions \ -H "Authorization: Bearer $YOUR_KEY" \ -H "Content-Type: application/json" \ -d '{ "model": "teai/max", "messages": [{"role":"user","content":"○○疾患に対する既存薬のドラッグリパーパシング候補を、引用文献付きで提案して"}] }'

引用は必ず著者名・雑誌名・年で出力させ、自分で(あるいは別のAIで)WebSearchやPubMedで一件ずつ裏取りすることを強くおすすめする。PMID番号だけを信じてはいけない。

この検証プロセスを自分の分野でも試す

クレジットカード不要・クーポン「WELCOME」で100クレジット。まずAPIドキュメントで動きを見るのもおすすめです。

無料で始める APIドキュメントを見る